心病む男の桜逃避行
ちょうど巷がいわゆる2000年問題で騒然としているころ『岩漿7号』に載せる短編小説の企画を練っていて、最後に適当に浮かんだのが今回の『薪樵る』(たきぎこる)(^^♪。 新人賞はとったものの後は鳴かず飛ばずの作家(主人公)が経済的に追い込まれ終に先祖代々の土地建物が強制執行の対象にされる。妻にはかつての不倫が響き塩対応され続けている。また、不倫相手の里花子は難病の身で夫ではなくこの作家の子を身籠ったため中絶させられ、その後病死をしている。彼は、隠れた恋が終り、経済的に破綻し、夫婦生活も破綻、さらに迫り来る自宅喪失などから心が壊れ、或る夜家を離れ里花子の霊を呼び出して妄想の鎌倉散策を始める。徹底的に弱くて駄目な男を描いてみようと半ば楽しんで、仕事で多忙の中筆を進めた記憶がある。今回載せる『薪樵る』は元の小説の再校閲から入り改編を試みたものとご理解ありたい。今となっては落し噺のようだが、桜を扱っていることから7号をみてくれた大先輩から思いもよらぬ言葉を頂戴した、「桜と言えば梶井基次郎のがある、(おまえが)書くには数十年早い」と。高名な作家に対抗などできる訳がないので当然とは思うが、私はそんな大それたことは考えもしなかった。だいいち比較されたらしい『櫻の樹の下には』(1931年作品集『檸檬』所収)という短編小説は残念ながら読んだことも無いのだ。叱られて初めてその存在を知った。もう一つある、7号を読んだ中学の同窓生が「今度のは好きになれなかった、何だか観光案内みたいで」と直接言ってくれたが、これも意外な感想だった。ただ今回の改編ではその批評を強く意識して対応している、元不倫相手との妄想の散策なのである程度行先順になるのは不可避だったが。また、男の最期のシーンの解釈についても少しく解釈がもめていたようなので、妻を自宅で殺したことと自殺の場になる駅舎で警官が出てきた場面のどちらかが更なる妄想でないと筋が通らなくなる。そこで選択権を読み手に預けるようにして創った。自画自賛になるが、作者としては改編作の方が読みやすいと思う。
『薪樵る』(たきぎこる)2000/2023年 PDF ➡ takigikolu2
♬こぼれ噺* この小説では登場人物で名前が出てくるのは「里花子」だけになっている。1人称で書いているので主人公(作家)は「私」で済むし、その彼が作中で「妻は妻であればよく名前さえ要らないのかも」とうそぶいているので妻の名も敢えて付けなかった。つまり故意の名無しなのでミスではない(…と思う)♬ 尚、執筆中にこんな歌を思い出した。『咲きつつも何やら花のさびしきは散りなん後をおもう心か』(吉野太夫)
💗ツンドク積読corner*そこに愛はありますか💔
(8)『身一つ庵』(みひとつあん)1998年 心病んだ男が泊った民宿で快復してゆく ➡ mihitotuan
(7)『孤往記』~迷走の章~(こおうき)1999年 孤独の青年が昭和の大都会を活きてゆく➡ koouki
(6)『朴の葉の落ちるころ』(ほおのはのおちるころ)2013年亡き兄依頼の➡ hoonohanootirukoro
(5)『狗にあらず』(いぬにあらず)2003年 闇組織粉砕が出来る警官は彼だけだ ➡ inuniarazup
(4)『空に映る海の色』(そらにうつるうみのいろ)2009年 海街生れの大人の恋➡ soraniuturuumi
(3)『戯れる木霊』(たわむれるこだま)2007年 「愛」に殉じる狂気か ➡ tawamurerukodama
(2)『傾いた鼎』(かたむいたかなえ)2015年 青年3人の視点で生と性を捉える➡ katamuitakanae
(1)『入相の鐘』(いりあいのかね)1995年 画家と作家とモデルの愛の三つ巴を描く ➡iriainokane