心の旅

「心の旅」は安価なレジャーであると同時に究極の自分探しだ。しかもいつでも、明確な目的地がなくても出発できる。最もクールなのは、旅に出る自分と探しだすはずの自分が同じだということ。心が躍り、興味が尽きないのはきっとそのためだろう。(馬場)

馬場駿
1947年横浜市の生まれ。静岡県伊東市在住。東伊豆町『碧』元同人、小田原市『小田原文藝・羅』元同人、1997-2016年伊東市『岩漿』同人・2017年よりOB。

こんな時代だから心の旅へ

短文・短編をたのしむ 更新*⇒ 10/16 11/5   11/25 12/30 1/1 1/10

                                             

⑴ 馬場駿の創作⑦💛~次回作「耄(ぼう)~タナトスの抱擁~」のこと~ 2021/1/10

 ■今回は、同人誌岩漿の30号記念号に載せる作品、短編小説『耄』について少しお話します。脱稿と編集部への送付は1月15日までにと決めています。おそらくこれが私の最後の短編になるでしょう。「耄」の漢字は、漢和辞典によれば「ぼう」または「もう」と読みます。昔から「親父ももうろくしたなぁ」などと云うときの「もうろく」は「碌」と書き、この字が出てきます。では何のことかと語義を読み取ったところ70歳、80歳、70から80歳という3通りが出てきました。小説中の老人は80歳です。重篤な病を複数抱えていますが、頭はぼけておらず田舎の小さな集落で独り暮らしていて、そこへ嬰児の頃養子にとられていった4番目の妹が訪ねて来るのですが、そこから始まる福祉とは何か、肉親とは何かにつながる出来事が創作の主目的です。400字原稿用紙34枚という短さなので制約がありますが、それもまた楽しいので頑張ってみたいと思います。3が日で脱稿、6月発行予定の『岩漿30号』原稿として編集部へ送付しました。

⑵ブログもまた短文の世界

 ブログ(blog)とはウェブログ(weblog)、ウェブの上の記録のことですが何を記録するのでしょう。私は広義の「こころ」だと思っています。そう思っていろいろな人のブログをサーフィンすると、その人と実際に出会ったような気がしてきます。

 ここでは私の私的ブログ「老馬がゆく道」にご案内します。「ローマは1日にしてならず」に「触発」された見え見えのタイトルですが、読みは「ろうば」です。再開に際してタイトルを「フーテン老人日記」にしようかと思ったのですが、谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』がありカタカナでも失礼になりそうなのでやめました。旧ブログとは異なり不定期に且つ気楽に書いています。記事のランキング参加のためのバナーは2021年11月にようやく貼りましたが、まだまだ訪問者は限られています。それでも続けるのは、これもまた自分自身の中に入る「心の旅」だからかもしれません。

    ➡ 馬場駿のブログ「老馬がゆく道」  http://rojinnogen72.blog.fc2.com/

               

(3)奥が深かった俳句の「世界」

💛『 柚子買えば幸せ一つ付ゐいてくる』清美子 (2021年12月7日)

   お正月なのでこの句、もう少しこのまま居ていただきます

    柚子

 岩戸句会の会員の句をネットで見ることができます。冒頭に掲げたのは同会の会員の方の最近の句の中から引かせていただきました。

  ➡ 岩戸句会の俳句   https://blog.goo.ne.jp/issyo_2010/

 もう20年近く前になるでしょうか、職場で陶芸の教室を開いていた雲水師匠のお誘いで句会に2,3度参加させて頂きました。句会のルールに従って学んでいて思ったのは「17文字」の文芸の奥深さでした。もっとも頭を掻いて遠慮する必要も無く参加しつつ上達を志す途もあったのですが、何千何万何十万と文字を連ねる小説世界に戻ってしまいました。たくさんの自由時間があるいまでは少し後悔をしています。

💛小さな秋を見つけたのと同じくらい身近な倖せ感。作者は詠んだときの想いのなかで、ゆずぽん、柚子胡椒、鍋、柚子風呂を例に挙げて「あなたも幸せをさがして」と云っている。ちなみに柚子胡椒の胡椒はじつは唐辛子のこと(九州の一部)。導かれて私も探してみたら、柚子酒、柚子酢、柚子味噌を見つけた。柚子は中国原産でミカンの仲間なのに、実ではなく果皮が珍重されているのが面白いところ、季語としては柚子は秋としても使えるが柚子湯となると冬に決まる。

♥♥私、今年は蛙声(あせい)のダサイ俳句として笑いをとりにまいります**雲水師匠、乞うご容赦

ダサ句(2022/1/10)  『覚めて雪いい女だけ出ない夢』蛙声

           『ほんとうは人に会いたい餅お節』蛙声   

※んと ⁂夢見の悪さは人一倍、いい女なら雪女でもいい。亡き母の名は音でゆきこ 子どもの頃雪子だと思っていい名前だと思っていたらカタカナでユキ子だった。たぶん祖父は雪の字を知らなかった?

    ⁂食卓だけ飾ってもねえ、誰も来ない正月なんて寂しいじゃない            

(4)💛デジカメフォト・むかわと私  (2020-1-10掲載)  ☆④亡き兄の眠る家

  兄の眠る冬の家

      

 💛想い出💛里山籠りのさなか、気分転換に軽装でふらりと林道に入り奥へ奥へとひたすら歩いた。弁当も持たず水筒すら携えず上着はTシャツのみ。四十年以上過ぎたいま振り返っても無謀の一言で震えすら起こるレベルの愚かさだが、このときは何も考えていなかった。イシウトロ上流の水を飲み、林道の湧き水を啜って登り続けた。途中雄鹿の成獣にも遭遇したが何事もなくやり過ごして呑気極まりなかった私。天候が良かったからいいものの荒天に変化すれば命にもかかわるという「冒険」だった。北岳だけに向かう道と分岐するらしい標識を見てさすがに急いで戻ろうと慌てた記憶がある。今ではほとんど笑い話でしかない。往復で遇った人間はヤマメ釣りで沢に居た青年一人だけだった。この沢を下ると上の写真の堰堤に辿り着ける。

 

   無謀な南アルプス散策(昭和53年)

   南アルプスに挑む

短編小説 (2021-9-28) ☆同人誌『岩漿29号』掲載の『屑籠の檀』

 💛医療過誤の疑いで責任をとらされた産婦人科医が失意の癒しにと訪れたスキー場で一回りも歳が違う不思議な雰囲気の女に出会い、彼女のピンチを救う。流れのままに二人は婚姻届を出すに至る。しかし引越し当日に新居から女は消えた。誰が嘘をついているのか。混乱の中で医師は嘘つきは自分かも、と気づくが。或る文芸批評で『ヘンだけど面白い話』と批評文の最後に括られた短編。

    ➡『屑籠の檀』(くずかごのまゆみ)  kuzukagono  PDF 18p

    檀(まゆみ)の枝

    生け花では葉の無い、赤い実だけがついた細枝だけを使っているものしか見たことがない

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 (6)愛の叢(くさむら)人の心の中に棲む愛という不思議なものを多角的に見詰めてみようと思います

        ☆11p→数字は作品の総頁数を表します。尚、同人誌への発表年度は順不同です。

   ◆『逮夜の女』 ➡taiyanoonna これからは思い出すことが罪になるのね」11p 

 ◆『優しい姫鼠』➡yasasiihimenezumi 必要とされる、今のわたしにはそれが一番なの」14p

 ◆『冷川峠』➡hiekawatougeあなたが想う青年は一度だけ、私は一生あなたを助けます」29p

 ◆『砂を噛む蟻』➡ sunaokamuari 見返らぬ人にも尽くせこぼれ萩、これを贈ります」21p

   ◆『くぐもり声』➡kugumorigoe「寂しすぎる。やっぱり君だけは最期まで信じていたい」9p

   ◆『 雪積む樒』➡yukitsumusikimi 「おふくろが勉強しろよって何、いまさらだろ!」13p

   ◆『心の音』 ➡kokoronooto「心が先に離れるのか体が先か。ときめきが消えたときだ」25p

 ◆『閼伽桶胴』➡akaokedou お前何かをふっきりたくて太鼓打ってるんだろ、分かるよ」26p

 ◆『ヘクソカズラの遺産』➡hekusokazuranoisan  「私にはわからなかった…何一つ」48p

 ◆『一人静抄』➡hitorisizukasyou姉麗花の仕打ちの数々、一つだけは許せなかった文香。16P

  ◆『ほんとに別れちゃうの』➡hontoniwakaretyauno海辺の古老の家で咲く3種の愛の物語。

  

    (7)脚本   シナリオは映像化を前提にしているので創作するには格別のときめきがあります

 いまも手元にある「味蘇帳」という名の大学ノートには、まだ若いころ渋谷で催されていた「シナリオ講座」に通っていた時の受講メモがかなりの量で存在します。勤め先が安定せず毎日が心折れそうなときでした。受講後公募先を探して応じた記憶があります。精神安定剤の役目は果たしたと後に評価している私です。それから十数年も経って県の公募に応じたのがこの『刻(とき)をつづれば』で、決戦の2作品というところまで残っていましたが、リアリティに欠ける点があると選外になりました。私には稀有なハッピーエンドでしたので今まで保存しておきました。

 ◆脚本『刻をつづれば』 ➡ tokiotudureba  本来縦ですが横書きで保存 PDF 24page

    愛の叢によせて 傀儡(くぐつ)=操り人形

 何もないのに創ったのか何かあって書いたのか、半世紀近く経って箱から出てきた色紙。当時から蛙声を名乗っていたらしい。カットまで描いていて笑える。このコーナーに居てもいいかなとは思う。

  (8)寄稿 世に知られた専門家はともかくとして格別何もない私では寄稿はほぼ短文の世界です。かつては、現在登録を抹消していて使えませんが「非開業社会保険労務士」として、或いはこれも退会して今はOBになっていますが「岩漿文学会代表」として、地方紙などにしばしば寄稿をしていました。「楽しむ」とは違う世界ですが字数が少ない中での工夫が勉強にはなりました。著者からをはじめ反応も多々あり、有意義でもありました。尚、寄稿は五つとも本名でしましたがここでは筆名にしてあります。

 単行本の読書感想の寄稿として伊東市内の作家永井秀尚の小説が最初だったような気がします。

 ◆①永井秀尚著『身を尽くしてや恋い渡るべき 小説小倉百人一首余聞』➡ miotukusiteya

 ◆②相原ゆう著『「柊の花」を読んで』➡ hiiraginohana

 ◆③辻葉子著『輪かんじきの跡』➡ wakanzikinoato

 ◆④永井秀尚著『修羅の巨鯨 伊東祐親』➡ shuranokyogei 

 ◆⑤小倉弘子著『律子の肖像』➡ ritukonosyouzou  

   

2019年10月6日 初回 同月9日更新

2019年11月1日更新  同月15日 同月21日 同月23日

2019年12月1日 更新 同月9日 同月13日 同月15日 同日25日

2020年1月5日更新 同月6~11日連日 同月15日 同月20日 同月23日

2021年5月4日5日 更新5月7日  

 

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