「心の旅」は安価なレジャーであると同時に究極の自分探しだ。しかもいつでも、明確な目的地がなくても出発できる。最もクールなのは、旅に出る自分と探しだすはずの自分が同じだということ。心が躍り、興味が尽きないのはきっとそのためだろう。(馬場)

馬場駿
1947年横浜市の生まれ。静岡県伊東市在住。東伊豆町『碧』元同人、小田原市『小田原文藝・羅』元同人、1997年より現在まで伊東市『岩漿』同人/1号-19号の間は代表兼編集長
asei-baba@outlook.jp
こんな時代だから心の旅へ

同人誌作家馬場駿(蛙声)を「裸」にするページです    

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     (^^♪ホームページで『味蘇帳(みそちょう)』♬

      💛私馬場駿は同人誌小説の世界で何を見たかったのでしょうか

味蘇帳  10代から30代初期の間に書籍、講演会,講習などでとにかく役に立ちそうな情報を書き留めた私の青春の形見であり、旧知の友でもある2冊の大学ノート。時々顔を出してもらいます。

        フラワーアレンジメント (撮影は姪)

蛙声(あせい)の詩(うた) :ふあふあポエム編  

「言の葉で焚火をしたら」          

言の葉で焚火をしたら                              心は温まるのでしょうか                             風に舞い脆く千切れて                              終には土くれに帰るだけの                            そんな言葉の寄せ集めだけど                           あなたが燐寸をすらなければ                           凍てついてしまうだけの                             そんな言葉の小さな山だけど

言の葉で焚火をしたら                              からだは暖まるのでしょうか                           頬を寄せ永遠の響きを                              二人して聞いてた日々の                              あのぬくもりには遠くとも                            あなたが丸めた背を伸ばし                            ポケットから手を出して                             生きて愛していくために

この年を以って私の赤貧、バイト、独学、受験等に彩られた「青春時代」が終止符を打ちました。気が付けば、身の周りには誰一人として居ませんでした。何もかもなくした自分を少しは励ましたかったのかも知れません。これが逆に軟なポエムを創らせたのでしょう、きっと(^^♪。  (30代)                                                                                                                                                                                                                                                       

馬場駿の原点『雪積む樒』

樒の花 この短編小説は作者の原点に辿り着く近道です。いつか見た「この同人作家ってどんな人なんですか」という問いに応えられるかと思い掲げました。貧しい環境と型破りの母親の下で過ごした日々が赤裸々に語られている作品です。 ゆきつむしきみ/2013年『岩漿21号』➡  『雪積む樒』

 

◆尋ね往く前に35年間の創作記録を見てみるのも一興。下の一覧表でどうぞ➡

    同人作家の記録 

蛙声爺の独り言^^♪                         

 ついこの間までこの『心の旅』に詰まっていた全ての情報が一瞬にして消失するという憂き目にあったのは、何を隠そう私の小さなミスのせいでした。こういうときに私は何かの力で指示が飛んできたと思うことにしています。「そろそろ記事を丸ごと更新したらどうだ」との「お叱りの言葉」、そう解釈するわけです。もともとほかの本棚のページより訪れる人が少ないコーナーでしたから、ご指摘はもっともだったのでした。         第一ホームページの創りてがどんな人かなんて気にする人、めったに居ないでしょ(^^♪ところがですよ、以前検索ホームの端にあったAIの質問箱に「馬場駿て作家の人ってどんな人ですか?」というのがあって驚きました。応えは、データがありませんので見つからなかったとかで、うっかり笑ってしまいました(^^♪ さらに驚いたのは、「もしかしたらこの人ではないですか?」と続け似通った名前を示し、別人の沢山のデータを語りだしたのです。ハイ、無名の同人作家の悲哀は頂点に至りました(泣)             まあそんなこんなで、この『心の旅』でどんな人かを晒してみるのも一興かなと思った次第です。もちろん文芸関連が中心になりますけどね。では宜しくお願いいたします。

 

詩との出会い 何を、どうして、誰のために創るのか、入り込んだ迷い道。

 興味が出ましたら覗いてみて下さい➡  『詩の世界』

大男が眠る町

↑ 上の写真と詩のコラボは自社広告のためにと創ったものです。 ただし未使用(^^♪ *60代

◆写真は喋るんだ  思い出すのは写真家志望だった旧友の教え 

月光下の大理石 誰を誘っているのか月の光の下でこの大理石の主、もう真夜中なのに。それでも言うんだ「なあ温めてくれよ、お前の体で。風も凍るような孤独感が地面から突き上げて来るから」と。私は応える「いいのか逆に、凍りつくのはおまえの方だ」  2019年蛙声撮影

     

◆始めは脚本から

私は小説よりも先にシナリオから始めたのですが、当時は単なる暇つぶし程度で本気ではありませんでした。それが変化したのは渋谷で開催されたシナリオ講座に入講したからです、講師は新藤兼人、市川森一、新井一などの有名なプロでした。成果は抜群で『離婚保険』『千に一つの茄子の花』『テロ』『角付け猫とお婆ちゃん』と創り、応募こそ逃がしましたが後に十分に役立ったのです。受けた講習の中身はほとんど味蘇帳に残っています。公的な応募は半島に住んでからで県の文化祭の脚本部門に参加した結果、次点になっています。この講評のなかで台詞の巧みさは良かったのですが云々とあったので嬉しかった記憶があります。その後の同人作家活動にも十分助けになりました。良かったらその作品をみてください。➡ときをつづれば(^^♪  『刻をつづれば』

  福寿草

君はどう生きる  現代詩編 

「雲」

十数カ月も待った心の霽(は)れ間                         それは何だったのか                               誰もがそう思い                                 誰もが決して口にしなかった                           それは夢だったと                                わたしを覆う雲よ                                セーラー服の背を向け黙(もだ)し続ける雲よ                    空のグラスで乾杯を重ね                              砂を噛む君の悲鳴を                               夕食の笑顔の中で聞き漏らした愚を嘲(わら)え                   父なるものへの愛情を日々育み                          テレビが創る空間に漂う雲よ                          「親」たちの茶番劇は終わった                          拍手をするか                                  哀れな役者にツバして立つか                           それは君の自由だ                                ただ雲よ、自らのために太陽を見よ                        これが去って行く役者の最後の台詞だ                                                                                                                                                                

※この詩は「雲」同人(主幹)の依頼で地区会報のためにと創ったものです。(40代)

青春て背伸びのとき②

青春時代は背伸びが社会的に認められているときだと思う。私も生意気にこんな言葉を味蘇帳に綴っていた、そう恥ずかしげもなく(^^♪ でも本当にそうできたら良いね♪♪

あるべき自己と今在あるべき自己との齟齬(そご)、                 それがあなたに苛立ちを齎(もたら)す                       今在る自己をそのまま肯(がえん)ずるか、 さもなくば、               在るべき自己に向かって先ず一歩を踏み出すことである。               そうすれば或る日あなたは、                            自らの中に苛立ちの姿を見かけないことに気づくはずである。            「躬(み)の内に己限りは哀しけれ、人の狭間で生きて活きるを」

  

                     *20代

◆写真は嘘つき?

撮れた写真が嘘つきなのではありません。撮り手の頭が少しだけズレているのです。そうでなけれは崖の隅っこの割れ目をみて眠る恐竜を意識しません。でもカメラって楽しいものですよ(^^♪ まあ確かに♪

ウソコケザウルス 「ウソコケザウルス」この名前は私がつけてやりました。これって自慢? 恐竜ブームだ岩さえあれば言わなくても現れる(^^♪

                   *60代*市内の松川湖畔にて蛙声撮影

これはコイなのか  ②コイに理性は要らない(笑)。ましてや生き残るためには。でも

直に言えばかなり醜い。清楚や優雅な君たちはもう幻でしかない(^^♪

                   *60代⁑西伊豆の虹の郷にて蛙声撮影

新聞への投稿 

そうは言ってもここは伊豆の田舎のこと投稿先も地方紙ですし、読後感の対象にしたのは半島に根を張った素敵な創り手の作品でした。この試みは文章の修業に役立ちました、或る種の責任が生じてくるからです。また、著者からの好反応があったのも嬉しい経験でした。では、投稿作品の代表例をどうぞご覧ください➡ 『輪かんじきの跡』

➡  『律子の肖像』  柊の花 ➡『柊の花』

◆掌編小説との出会い

掌(てのひら)に載るほどに小さい、あるいは短い作品というのでしょうか。ちょうど私が半島に居ついた頃でしたが、知人の紹介で横浜に住む女性の小説家と通信による交流が始まりました。『岩漿』を創刊して間もないころでもありました。戴いた掌編小説集は2冊、驚いたことに殆ど全ての作品が400字詰め10枚から15枚程度の長さで、内容もいろいろな男女の心の振れあいや擦れ違いを淡々と描くものでした。眼から鱗の衝撃を受けた私は試しに一つだけ創ってみて、その難しさを教わることになりました。

よく言われるように小説は長く書くより短い方が難しいのです。ここにその試作を掲げてみます。これを最初で最後として以後掌編は書いていません(^^♪ ➡あ、そうそう忘れな草は花の色で「花言葉」が違うので人に贈る場合はお確かめくださいね♪

忘れな草   ➡ 『忘れな草』

◆同人誌はあなたにとって何?

この問には真正面から応えることができません。それほど簡単なことではありませんでした。そこで私が19号で岩漿文学会の代表兼編集長を辞した際の一文を掲げることにしました。➡ 『散ってなお花筏』

花筏 ちった後でも活き続けるんです

◆小論文も結構な勉強に(^^♪

一番に問われるのは書き手自身がどう考えてどう結論に達したかということを把握していることです。これは私的な問題でも各種試験の論文でも同じだと思います。かくいう私もまだまだの未熟者ですけど(^^♪ ここでは一例だけお出しします。➡ それを誰が決めるのか?  ➡ 『生きるに値しない命』 

◆もっと自由な発想で(^^♪

小説は『虚構に始まり虚構で締める』それなら創作文も自由でいいはず、『君の名は。』の男女入れ替えも可能でいい。そこで男の私がやや保守派の女性に化けて世相の一部に怒りをぶつけてみたらどうなる? 嬲(なぶ)るにファッションを引っ掛けて『ファッショ嬲る』とタイトル化してみました。 ➡  『ファッショ嬲る』

はっきり言ってこれだけですよ、悪戯に近い(^^♪ 同人誌で突然1頁を埋めるための苦肉の策でした。皆さんもやってみませんか(^^♪

◆筆名馬場駿の秘話

かつて『小説太田道灌』を上梓した際に初めてペンネームとして馬場駿を使いました。それが何故かは掲げた一文の中にあります。この人の名は私の前半生を貫いていた貧困とバイトと独学という中身が詰まってる本名を後半生には持ち込みたくないという気持ちにヒットしました。この人は実社会の中でまるで認められなかった私の学歴をむしろプラスに捉えてくれた唯一の人だったのです。忘れません、絶対に。だからこその筆名なのです。さらにこの先、最期のときが来るまでこの筆名ともに何かを書き続けるつもりです。そうです、このHPを発表の場にしてです(^^♪ ➡  『筆名の由来』

◆脳梗塞以後も創作継続

2020年1月横浜に新型コロナが「上陸」したころです、私は脳梗塞で2カ月間地元の公立病院に入院したあと自宅療養となりました。そして左半身不随のリハビリと認知症回避を図る日々がここから始まったのです。以後5年間が或る意味文芸三昧になった所以です。利き腕が活きていたのがなによりの幸せでした。結果、短編中編長編小説併せて15作品が生まれました。視点を変えれば、これらの創作が追い詰められた私の老いた心を支えてくれたと言えるかもしれません。ここではその先駆けとなった小説を掲げます。       この患者の心身のモデルは私自身となっています。➡ 「スーパームーン」

看護師「私このお仕事好きなんです、だから大変なんて思いません」

上記小説が脱稿するとすぐに1年半を費やした最後の長編『無彩色の森』に取り掛かることになりました。さらに併行して警察小説『罪の連環』にも手を付けています。怖かったのです、動けないことで頭がボケるのが。それが最大のエネルギー源でした。

 『無彩色の森』

◆また復活したよ、私のブログ

魚の民芸品 干されても生きるよ、目を見れば解るよ(^^♪                 http://rojinnogen72.blog.fc2.com

「老馬のゆく道」という私のブログは2,019年から2025年4月まで続けたものです。       ❤眼疾が因で約5カ月間休止して様子見しましたが、何とかもう少し続けてみる気になりました。自由闊達にお喋りする予定です(^^♪♪♬ 10/14老いた駿

◆ちょっとした絵遊び

デコイのカット 小説に合った小さな絵を描くのも楽しいものですよ。一例で掲げたこのカットは『色あせたデコイ』のために描きました(^^♪ 秘めた凶暴性と憂いを隠せないヒロインと使い古されて色あせたデコイの姿を重ね合わせてみました。

◆向こう見ずな男なのかな

 確かに言えるのは私の若い時の写真。誰でも解るよ、今は78だろ(笑) 杖も、弁当も、水も持たずにひたすら登ったアルプスの林道を。もしかしたら冒険すぎたかな。熊も鹿も野猿の群れもいるというのに、バカだったのかも当時の私(^^♪ 

   南アルプス歩き

ここで「どんな人ですか」というお尋ねに対するご返事は終わりです。我ながら丸裸になったような気がします。このHPの管理者の私に興味をもってくださった方、ありがとうございました。2025/12/3

                    馬場駿:蛙声

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