心の旅

「心の旅」は安価なレジャーであると同時に究極の自分探しだ。しかもいつでも、明確な目的地がなくても出発できる。最もクールなのは、旅に出る自分と探しだすはずの自分が同じだということ。心が躍り、興味が尽きないのはきっとそのためだろう。(馬場)

馬場駿
1947年横浜市の生まれ。静岡県伊東市在住。東伊豆町『碧』元同人、小田原市『小田原文藝・羅』元同人、1997-2016年伊東市『岩漿』同人・2017年よりOB。

こんな時代だから心の旅へ

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⑴ 馬場駿の創作💛 1997~2022 同人誌の書き手として25年

 ■一言で総括すると、自分の文芸歴は同人誌の中で終わったと言える。単行本こそ4冊を数えたが、経済的な理由もあり、ほとんど私家版で終わった。それがいいかどうかは、「私」ではなく筆名「馬場駿」が心して決めることだろう。私はその足跡一覧を掲げるのみだ。欄内の小説の11作ほどはこのページの(5)(6)からリンクしている。2022年5月4日。

    同人誌短編一覧➡                 tanpenichiran

ブログもまた短文の世界

 ブログ(blog)とはウェブログ(weblog)、ウェブの上の記録のことですが何を記録するのでしょう。私は広義の「こころ」だと思っています。そう思っていろいろな人のブログをサーフィンすると、その 人と実際に出会ったような気がしてきます。

 ここでは私の私的ブログ「老馬がゆく道」にご案内します。「ローマは1日にしてならず」に「触発」された見え見えのタイトルですが、読みは「ろうば」です。再開に際してタイトルを「フーテン老人日記」にしようかと思ったのですが、谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』がありカタカナでも失礼になりそうなのでやめました。旧ブログとは異なり不定期に且つ気楽に書いています。記事のランキング参加のためのバナーは2021年11月にようやく貼りましたが、まだまだ訪問者は限られています。それでも続けるのは、これもまた自分自身の中に入る「心の旅」だからかもしれません。

    ➡ 馬場駿のブログ「老馬がゆく道」  http://rojinnogen72.blog.fc2.com/

               

(3)奥が深かった俳句の「世界」

 

 岩戸句会の会員の句をネットで見ることができます。

  ➡ 岩戸句会の俳句   https://blog.goo.ne.jp/issyo_2010/

 もう20数前になるでしょうか、職場で陶芸の教室を開いていた雲水師匠のお誘いで句会に2,3度参加させて頂きました。句会のルールに従って学んでいて思ったのは「17文字」の文芸の奥深さでした。もっとも頭を掻いて遠慮する必要も無く参加しつつ上達を志す途もあったのですが、何千何万何十万と文字を連ねる小説世界に戻ってしまいました。たくさんの自由時間があるいまでは少し後悔をしています。

 

   

(4)💛デジカメフォト・むかわと私  (2022-10-23掲載)  ☆里山山荘に独り籠もった頃 

 昭和53年、アルバイトや期間従業員で食住を賄って司法試験合格を目指していたが、絶対的に金も時間も足りず結果的に数年を無駄にした。6カ月肉体労働をして6カ月勉強するという方法しか叶わなかったので知識の集積と保存が上手くいかなかったと気づき、僅かな貯蓄を頼りに、まだ永続的に人が暮らせる状態になっていない「工事途中」の兄購入の里山(写真)に籠ることにした。先は見えないが突き進むうちに何かが開けることを信じたのだ。トイレも風呂もなく電話もテレビもない生活、もちろん携帯電話など無い時代のこと。翌54年目指した受験の年の晩冬に突然高熱と下痢を発症し、まともに動けなくなった。沢の水を汲んで渇きをいやし、ひたすら眠ることで回復を待つ、食べることもできなかった3日間。このまま死ぬのか、そんな気にもなったが、4日目になって回復をした。起きて4日前につくった煮物を鍋からすくい口にしたときの、全身の血が胃に向かって走るような感覚が忘れられない。「生きられた」そう思ったら涙が出てきたのを憶えている。このあと5月の受験で2次短答式試験に合格する。しかし期待したことは起こらず、身の周りは何も変わらず、暮しと受験の先行きは真っ暗なままで、すべてが終わった。

 53年のプレハブ山荘

  場所は山梨県北巨摩郡武川村(当時の所在名) 左のプレハブは倉庫

 

💛想い出アルバム💛  

  無謀にも登山/昭和53年 

 南アルプスから下ってくる清流でこの下流で大武川、釜無川と名を変える。

      

 里山籠りのさなか、気分転換に軽装でふらりと林道に入り奥へ奥へとひたすら歩いた。弁当も持たず水筒すら携えず上着はTシャツのみ。四十年以上過ぎたいま振り返っても無謀の一言で震えすら起こるレベルの愚かさだが、このときは何も考えていなかった。イシウトロ上流の水を飲み、林道の湧き水を啜って登り続けた。途中雄鹿の成獣にも遭遇したが何事もなくやり過ごして呑気極まりなかった私。天候が良かったからいいものの荒天に変化すれば命にもかかわるという「冒険」だった。北岳だけに向かう道と分岐するらしい標識を見てさすがに急いで戻ろうと慌てた記憶がある。今ではほとんど笑い話でしかない。往復で遇った人間はヤマメ釣りで沢に居た青年一人だけだった。

   

   

(5)短編小説  ~今回は30号に掲載の最新短編小説~

 タイトルに使った『耄(ぼう)』とは文献上で諸説あるが、齢80のことで、小説の中の孤老の男はその年齢にあたる。彼は不貞な母親を蔑み3人の姉妹の気質も忌み嫌い、女に対してトラウマを抱え未婚のまま死期の近づきを意識していた。或る日生まれてすぐ養女に出されてしまった妹が里山の集落を尋ねてくる。物語はそこからになる。自ら語っても長くなるので、ここは30号の作品短評をした文人の本作への一文を引いてクリックへのお誘いとしようと思う。曰く『人間の老いと孤独を真正面から描いた作品。ラストの死と性の結びつきに何か根源的なものを見る気がした』(30号255ページ)

  

『耄(ぼう) ~タナトスの抱擁~』➡  pdfbou   PDF 17p (2022-6)

  

    

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 (6)愛の叢(くさむら)人の心の中に棲む愛という不思議なものを多角的に見詰めてみようと思います

        ☆11p→数字は作品の総頁数を表します。尚、同人誌への発表年度は順不同です。

   ◆『逮夜の女』 ➡taiyanoonna これからは思い出すことが罪になるのね」11p 

 ◆『優しい姫鼠』➡yasasiihimenezumi 必要とされる、今のわたしにはそれが一番なの」14p

 ◆『冷川峠』➡hiekawatougeあなたが想う青年は一度だけ、私は一生あなたを助けます」29p

 ◆『砂を噛む蟻』➡ sunaokamuari 見返らぬ人にも尽くせこぼれ萩、これを贈ります」21p

   ◆『くぐもり声』➡kugumorigoe「寂しすぎる。やっぱり君だけは最期まで信じていたい」9p

   ◆『 雪積む樒』➡yukitsumusikimi 「おふくろが勉強しろよって何、いまさらだろ!」13p

   ◆『心の音』 ➡kokoronooto「心が先に離れるのか体が先か。ときめきが消えたときだ」25p

 ◆『閼伽桶胴』➡akaokedou お前何かをふっきりたくて太鼓打ってるんだろ、分かるよ」26p

 ◆『ヘクソカズラの遺産』➡hekusokazuranoisan  「私にはわからなかった…何一つ」48p

 ◆『一人静抄』➡hitorisizukasyou「少しは男の人に想われたことがあったっていいでしょ」16P

 ◆『ほんとに別れちゃうの』➡hontoniwakaretyauno「さすが女に躓いた経験者の助言は違う」

 ◆『屑籠の檀』➡kuzukagono「生け花の意味は檀は人の道、竜胆は倫道、私の声を聞いて」17p

  

  

    (7)脚本   シナリオは映像化を前提にしているので創作するには格別のときめきがあります

 いまも手元にある「味蘇帳」という名の大学ノートには、まだ若いころ渋谷で催されていた「シナリオ講座」に通っていた時の受講メモがかなりの量で存在します。勤め先が安定せず毎日が心折れそうなときでした。受講後公募先を探して応じた記憶があります。精神安定剤の役目は果たしたと後に評価している私です。それから十数年も経って県の公募に応じたのがこの『刻(とき)をつづれば』で、決戦の2作品というところまで残っていましたが、リアリティに欠ける点があると選外になりました。私には稀有なハッピーエンドでしたので今まで保存しておきました。

 ◆脚本『刻をつづれば』 ➡ tokiotudureba  本来縦ですが横書きで保存 PDF 24page

    愛の叢によせて 傀儡(くぐつ)=操り人形

 何もないのに創ったのか何かあって書いたのか、半世紀近く経って箱から出てきた色紙。当時から蛙声を名乗っていたらしい。カットまで描いていて笑える。このコーナーに居てもいいかなとは思う。

  (8)寄稿 世に知られた専門家はともかくとして格別何もない私では寄稿はほぼ短文の世界です。かつては、現在登録を抹消していて使えませんが「非開業社会保険労務士」として、或いはこれも退会して今はOBになっていますが「岩漿文学会代表」として、地方紙などにしばしば寄稿をしていました。「楽しむ」とは違う世界ですが字数が少ない中での工夫が勉強にはなりました。著者からをはじめ反応も多々あり、有意義でもありました。尚、寄稿は五つとも本名でしましたがここでは筆名にしてあります。

 単行本の読書感想の寄稿として伊東市内の作家永井秀尚の小説が最初だったような気がします。

 ◆①永井秀尚著『身を尽くしてや恋い渡るべき 小説小倉百人一首余聞』➡ miotukusiteya

 ◆②相原ゆう著『「柊の花」を読んで』➡ hiiraginohana

 ◆③辻葉子著『輪かんじきの跡』➡ wakanzikinoato

 ◆④永井秀尚著『修羅の巨鯨 伊東祐親』➡ shuranokyogei 

 ◆⑤小倉弘子著『律子の肖像』➡ ritukonosyouzou  

   

  

 

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